Story 私にとっての5-56 中町 公祐氏

様々な世界で活躍するリーディングパーソンへのスペシャルインタビュー「Story 私にとっての5-56」。
今回は、Jリーグからアフリカ・ザンビアのプロサッカーリーグに移籍するとともに、NPO法人を立ち上げアフリカ支援を開始したプロサッカー選手の中町公祐さんです。

「サッカーと支援、2つの思いが
僕をアフリカの地に引きつけました」

Q:7年在籍したJリーグの名門横浜Fマリノスを退団して、ザンビアン・プレミアリーグのZESCOユナイテッドFCに入団されましたが、その経緯をお聞かせください。

中町公祐さん(以下/中町):慶應義塾大学時代の友人がアフリカの子どもたちにサッカーボールを贈るという活動をしていて、2013年からその活動に参加していました。
公式戦で勝利するごとにボールを送るという活動をしていたのですが、2018年ロシアワールドカップでJリーグが中断している期間に、アフリカのガーナに直接ボールを届けに行って現地の子どもたちと接しました。
そのことがきっかけで、もっと直接的にアフリカ支援がしたいと考えるようになりました。

Q:ザンビアを選んだのは、サッカー選手としての環境を考えてということでしょうか。

中町:そこは微妙なところです。まったくのアマチュアライクな環境では僕がそこでサッカーをする意味がありませんし、かといって南アフリカとかケニアとかナイジェリアといった大国は支援という視点から見た時に僕の描いているストーリーとは違う気がしました。

Q:どういう違いがあったのでしょうか。

中町:南アフリカやケニアといった日本との繋がりもそれなりにある国ではなく、日本ではあまり知られていない国を日本に紹介して日本との繋がりを強化していってこそ僕が間に立つ意味があると考えたのです。

Q:ザンビアに決めた理由はどのような点でしょうか?

中町:現実にはいろいろな人たちの紹介やコネクションがあって決まった話なのですが、ザンビアではプロリーグも充実していてトップカテゴリーに20チームほどがあり、2部リーグもあります。
当面の僕の目標のひとつにアフリカチャンピオンズリーグへの出場があるのですが、僕の所属するZESCOユナイテッドFCは昨年のザンビアン・プレミアリーグのチャンピオンで、アフリカチャンピオンズリーグに参戦することが決まっています。
それからもうひとつ重視したのが国情の安定です。将来的にはアフリカ全体に広がる活動をしていきたいと考えているのですが、その発端となる国ですから、そこが不安定だとなかなか活動が広がっていかないと思ったんです。
その点、現在のザンビアは政治的にも経済的にも安定していて、余計な心配をしないで活動できると思ったんです。

「ザンビアのサッカーに影響を与えられた
という実感があります」

Q:ザンビアのサッカーとはどのようなサッカーなのでしょうか。

中町:特別にザンビアだからというものはあまりないと思います。私たちがよく感じるアフリカサッカーですね。

Q:身体能力が高く個人技に優れたという感じでしょうか。

中町:そうですね。ただそれだけに組織的なプレーが少なく、ちょっと大味なサッカーという印象があります。

Q:中町さんはJリーグ時代もMFとして組織的プレーの中心的な役割をしてこられましたが、それがザンビアサッカーの中で生かされるということでしょうか。

中町:一見個人主義的な感じがしますが、実はザンビアの選手というのは吸収力が高くて監督やコーチの指示を素直に受け入れるんです。
基本的に個人の技術は高いので組織的サッカーを学んでいけば大きく飛躍するんじゃないかと思っています。
実際チームのサッカーに影響を与えられたという実感があります。

「物を与える支援ではなく
気持ちを支える支援をしていきたい」

Q:NPO法人Pass onの活動内容を教えていただけますか?

中町:2013年から友人のNPO活動に参加してアフリカにサッカーボールを贈るプロジェクトを行ってきましたが、基本的にはその延長にある活動だと言えます。

Q:学校などにサッカーボールを寄付するといった活動でしょうか。

中町:学校だけでなく、街でサッカーをやっている子どもたちにボールを届けて、サッカーを教えたりいろいろ話をしたりして、積極的に生きていくための環境作りをしています。

Q:サッカーボールをプレゼントするだけではないのですね。

中町:最終的な目標は、アフリカの子どもたちにひとつでも多くの笑顔を増やすとともに、自立した積極的な人生を歩んでもらうことにあります。
現地の子どもたちにも人気の高いプロサッカー選手が、しかも外国人のサッカー選手が語りかけることで、子どもたちの意識が変わっていけばいいと思っています。

Q:そういう意味でも中町さんがプロ選手として活躍することが大切なんですね。

中町:アフリカの人たちに東洋人選手が頑張っていると認知してもらうとともに、日本の皆さんや企業の方々に中町がアフリカで頑張っていると認めてもらうことで支援を拡大していきたいと思っています。
先ほどお話ししたアフリカチャンピオンズリーグで結果を出したいという気持ちの中には、アフリカ全土を見据えた支援活動を意識している部分もあります。

「子供の頃からずっと僕の身近にいた、
それがKURE 5-56です」

Q:KURE 5-56についてお聞かせください。

中町:KURE 5-56は子供の頃からずっと家にありました。玄関を入った右側の棚の中にいつもある赤と黒の缶、それが5-56でした。

Q:よくお使いになられましたか。

中町:僕も使いましたけれど、とにかく父親がいつも使っていた記憶があります。子供の頃、毎日自転車で走り回っていたんですが、いつも父親が自転車の手入れにKURE 5-56を使っていました。気が付くとシュッと吹きかけている感じです。
もちろん自転車だけでなく、家の中のいろいろなところにシュッとやっていましたね。

Q:子供の頃からのお馴染みということですね。

中町:そうですね。大人になっても昔と変わらない赤と黒のデザインを見るとなぜか安心しますね。

「みんなに支えられて生きてきた、
だからみんなを支えたいと思うんです」

Q:中町さんがサッカーや支援活動に取り組む原動力になっているのは何でしょうか。

中町:僕は昔から人との繋がりをとても大切だと思っているんです。サッカーも自分のためというより、仲間や、スタッフ、そしてファンのためと思うと、さらに力が出る感じがします。
2015年に息子を亡くしたのですが、その時にも周りの人だけでなく、ファンの皆さんにとても助けられました。
そういう気持ちをもっと大きく広げていきたいというのが僕の原動力です。希望を失っている子どもや、自信を無くしている子どもたちに全力で取り組めば何かが開けてくることを知って欲しいし、そのために僕自身が挑戦し続けていきたいと思っています。

Q:今後の希望や目標をお聞かせください。

中町:まだ新しい道を歩き始めたばかりで、希望や目標を語る前に目の前の現実をひとつひとつクリアしていくことでいっぱいです。
とりあえずはZESCOユナイテッドFCの選手としてチームの勝利に貢献して、アフリカチャンピオンズリーグで結果を出すことが第一の目標ですね。

アフリカという新天地でサッカーだけでなく人道支援活動にも積極的に取り組み、日本とアフリカとの架け橋になろうとしている中町公祐さん。その心の底には自分を支えてくれた人たちへの恩返しという気持ちがあるのかもしれません。今後の中町さんの活動から目が離せません。

Profile

中町公祐(なかまち こうすけ)
1985年 埼玉県生まれ
2004年 群馬県高崎高校を卒業後、湘南ベルマーレに入団
同年 慶應義塾大学に現役合格し、同大初の在籍Jリーガーとなる
2008年 湘南ベルマーレ退団後、慶應義塾大学ソッカー部に入部、1部昇格に貢献
2010年 アビスパ福岡に入団
2012年 横浜F・マリノスに移籍
2014年 横浜F・マリノス選手会長に就任
2016年 日本プロサッカー選手会の副会長に選任され、日本サッカー協会やJクラブと共にJリーグの未来に貢献
2019年 ザンビアン・プレミアリーグでチャンピオンとなったZESCOユナイテッドFCに移籍するとともに、NPO法人 Pass on の代表理事として現地での活動を開始
同年 日本サッカー協会の国際委員会委員(アフリカ担当)に現役選手として初めて選任